新高山百合
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台湾メディアが台湾を応援する日本人の心を報道!
2010-10-13 Wed 12:02

11日の朝、台湾の自由時報の国際面に日本の「台湾研究フォーラム」のことが大きく報道されているのを見て驚きました。読み終えてから、きっとこの新聞が5日に永山英樹さんのあの投稿を掲載し、彼に関心を持ち、特に彼の団体が日本で台湾人のために声を上げている事蹟を紹介したのかなと思いました。

日本の保守派が台湾のメディアに「右翼」との汚名を着せられていることも書かれています。下に日本語訳を掲載します。メルマが台湾の声からの転載です。


Scan002.jpg 翻訳=台湾の声編集部

東京前線:台湾研究フォーラムは友台派の日本人が自発的に作った団体

駐日特派員張茂森/特別報道

もし台湾で、台湾政府に向かってデモを行い、日本や日本人の利益のために旗を振って吶喊する団体が作られたら、おそらく直ちに「台奸」のレッテルを張られることだろう。

しかし日本では、本当に一部の団体が、台湾あるいは台湾人の利益のために、常に日本政府に抗議しているのだ。ただこれらの団体のメンバーは手段が激烈なため、「右翼分子」と見られ、「右翼団体」との汚名まで着せられることもあった。たとえば日本の「台湾研究フォーラム」は、まさにその代表的な団体である。

「台湾研究フォーラム」の責任者、永山英樹氏(写真=張茂森撮影)はライターで、日本の「李登輝友の会」の会員でもある。彼個人のHPの名は「台湾は日本の生命線」だ。

永山氏は若い頃、中国に対して幻想を抱き、西安に留学をしたが、二年の間、実際の中国と自分が想像していたものとは大きな隔たりがあることを感じ取っていた。そしてその後、初めて台湾を訪問し、日本植民地統治を受けたことがある台湾人の日本観が、中国人のものとは完全に異なることを発見した。前者は一種の寛容さがあり、後者は蔑視と憎しみに充満していると。これもまた、永山氏が一心一意に台湾の利益を獲得するための原動力となっている。

●非右翼の激進団体 自費で台湾人のため奔走

日本の民間団体「李登輝友の会」と同じく、「台湾研究フォーラム」は台湾政府の関連部門から金銭をもらっていないし、在日台湾人団体からの寄付も受け取っておらず、自分たちの金で、全力で台湾と台湾人のために奔走している。

在日台湾人の国籍問題、日本の中学社会科教科書の地図が台湾を中国の版図に組み込んでいる問題、そしてそれよりも前の時期にあった李登輝元総統の訪日阻止問題などのすべてにおいて、「台湾研究フォーラム」や「李登輝友の会」などの団体は、余暇を利用して街頭で台湾支持の署名運動を行ったり、街頭デモ行進を実施するなどし、日本の政府と国民の注目を受けている。李元総統の訪日ビザや台湾人の国籍の問題は最後には解決を見た。

「台湾研究フォーラム」などの団体は手法が激烈なため、一部の台湾メディアは彼らを「右翼団体」と呼んでいるが、これは実際とは大きく違っている。

戦前の日本の「右翼」は保皇派、あるいは「民族(主義)派」を指したが、この種の「右翼」は現在すでにほとんど存在していない。今日、街頭宣伝車を使い、大音響で政治家に圧力を掛けるいわゆる「右翼団体」は、実際には一種の「任侠右翼」であり、暴力団にも似ている。

「李登輝友の会」の初代会長は日本の著名な作家である阿川弘之氏で、現会長は拓殖大学の総長だった小田村四郎氏だ。副会長の田久保忠衛氏は著名な外交評論家で杏林大学客員教授だ。これらの人々の所属する団体を「右翼」と呼ぶのは失礼なだけでなく、明らかに日本に対して無知である。

1972年の台日断交後、台湾人の日本の領内での多くの権益は、中国人の身分となって初めて得られる。最も典型的なのは台湾人の国籍が「中国」とされることだ。今日のように台湾政府の国際社会での発言権が日増しに低下していく中だからこそ、台湾人が日本で得るべき権益を確保することを義務とするこれら団体はますます尊敬に値する。

原文 http://www.libertytimes.com.tw/2010/new/oct/11/today-int4.htm



私が永山英樹さんと最初にお会いしたのは2002年で、場所は靖國神社でした。私の台湾人の友人薛格芳さんが私のため、永山さんに遊就館でガイドをするようにお願いし、彼は熱心に引き受けてくれたのでした。

永山さんが高砂義勇隊の英勇的な事蹟を語った時、私はそのような話を初めて聞き、涙が止まらなくなりました。彼は台湾の歴史について台湾人より詳しく、私は慚愧の念に駆られました。それ以来私たちは「台日共栄」の目標を持つ莫逆之交となりました。

台湾研究フォーラムは日本で在日台湾人のために声を上げてくれるだけでなく、毎月初旬に台日関連の講演会を開催し、よく台湾訪問を行って台日の歴史を訪ねたり、大型のデモに参加したりしています。

それに比べて日本政府の台湾への態度はとても冷淡で無関心です。この報道が言及しているように、このような日本の友台派の民間団体が送ってくれる暖かさは、台湾人が尊敬し、感謝するところです。




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台湾魂と日本精神が語る尖閣問題
2010-10-06 Wed 20:42

昨5日、台湾本土派の新聞自由時報の「自由広場」の欄で、「台湾は日本の生命線!」ブログ主宰の永山英樹さんの投稿文が下のように掲載されました。


日本の読者が釣魚台を語る

◎ 永山英樹
9月28日に「自由広場」に掲載された「1997年、中日は共同で台湾漁船を封殺/この事件は台湾が如何に釣魚台の主権を主張すべきかを語っている」と題する一文は、「釣魚台列嶼島は台湾付属島嶼の地位を以って主権の帰属を確立しており、中国固有の領土の理念など不必要だ」と指摘した。

「馬関条約」(下関条約)は台湾の付属島嶼に言及しているが、しかしその範囲は確定していない。しかし私が明確に指摘できるのは、該条約が発効した時点で、以下の三つの島嶼は付属島嶼に含まれていなかったということだ。

一、紅頭嶼(現蘭嶼):日本は馬関条約発効後、当時フィリピンを統治していたスペインがこれを統治する意思がないことを確信にして、初めて台湾の一部とした。
二、Agincourt=彭佳嶼:これもフランスが占領を終結させたことを確認後、台湾に編入した。
三、魚釣島及び久場島(現尖閣諸島,台湾では釣魚台列嶼と呼ぶ):馬関条約調印の時点ですでに日本領土となっており、そのため付属島嶼に含まれることは絶対にありえない。

中華民国と中華人民共和国は四十年前になって「釣魚台は本来台湾の付属島嶼」だと宣伝し始めたが、以上の三点を見てもわかるように、明らかに史実と異なっている。もし釣魚台が本当に台湾に帰属するのなら、私は台湾のため、日本政府に抗議を行うだろう。しかし事実はそうではないのだ。

現在日台両国は共同で東シナ海の安定を維持しなければならない。もし台湾が今後も尖閣の領有権を主張し続けるなら、日本国民に「台湾人は中国人と同じであり、台湾は中国の一部なのだ」と誤解させることになり、両国の友好関係を損ない、中共に漁夫の利を得させることになる。
                                (日本・台湾研究フォーラム会長)

Scan001.jpg

10/5の自由時報に載った永山英樹さんの投稿文。台湾の新聞が日本領有論を掲載したのは注目に値します。
原文 http://www.libertytimes.com.tw/2010/new/oct/5/today-o11.htm


昨晩、永山さんはFacebookで、この文章について次のような説明をしました。

『本文は日台関係が破壊されないよう、たとえ台湾人に怒られても、事実を言おうと思って書いたものです』

するとKarl Wuさんという台湾青年がすぐにコメントしました。

『もし歴史事実なら、怒られることを心配する必要はありません。怒られるのを恐れて本当の話をしないのは偽善で、それは中国人の劣習です。もし怒る台湾人がいれば、それは二つのタイプの人:国民党教育で洗脳された人、または理性的に思考できない人だけです。永山さんはここでは日本人の曖昧さがまったくありませんし、また中国人のような偽善者になろうともしていませんので、尊敬できます。実際には釣魚台の帰属に関しては、李総統も同じように考えています』

これに対して永山さんは『私の本当の考えを理解してくれて感謝します』と答えました。

それでKarl Wuさんはまた書きました。

『私は永山さんが敢えて自分の考えを語ったことを尊敬します。一昨年私は慶應義塾大学の会議に出席した時、「日本は第二次大戦の暗い過去を捨て、アジアの問題にさらに積極的に介入しなければならないと思います。日本はすでに民主国家ですので、もはや前の世代の罪悪感や萎縮を背負うことはありません。結局中国の覇権と拮抗できる民主国家は日本だけです」と発言しました。しかし私の発言に対し、その場にいた教授や官僚は気まずそうな顔をして何も答えたくない様子でした。私はとても失望しました。今回の日本政府の釣魚台事件の処理は、外交的な考慮で譲歩余儀なくされましたが、しかし事実真相は中国の覇道でも変えることはできません。

今まさに自分たちの前途のために奮闘している台湾人は、立場が曖昧な日本の方々を必要としていません。私たちが必要とするのは永山さんのような立場を明確にし、是非をはっきりとさせる日本の同志なのです。あなたが「もし釣魚台が本当に台湾に帰属するのなら、私は台湾のため、日本政府に抗議を行うだろう。しかし事実はそうではないのだ」と言ったのはとても素晴らしいです。それは永山さんの台湾に対する感情と支持が理性の上に立っている証明です。この一点がとても重要です。』

永山さんは答えて言いました。

『Karl Wuさん 教授や官僚の前で日本のために正義の声を上げてくれたことに感謝します。私は日本が自信を持ち、友邦(台湾)の助けになる国にならなくてはならないと深く考えています』


以上の二人の対話を読み、私はとても感動しました。
永山さんが発露した日本精神に喝采を送るとともに、私たちの台湾がこんなに素晴らしい考え方をする若者Karl Wuさんを擁していることを誇りに思います!彼に台湾魂があることを感じます!




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日本の「家訓」文化に感動します
2010-06-26 Sat 13:09

前回、日本の先生に習った「自分の道を歩め」 の取材で、郭振純先輩は私に課題を与えました。つまり先ずMOKUの連載 『煉獄の彼方』 を読めと、それで初めて「ブルナ・ラシク」の話題を続けられると。そこでMOKU四月号の 『家訓をもつべし』 という文章を読んだら、とても面白いと感じました。

作者の藤本義一氏は戦後になって家訓は姿を消し、家訓を持って家訓を家族で守っている家が日本にどれくらいあるだろうかと感嘆しています。そこでそこから私の感動した部分を取り出しましょう。

-------月刊MOKU本年4月号の『家訓をもつべし』より一部引用-------

母からの家訓は母の父(祖父)からのものである。祖父は近江(滋賀県)出身で少年時代から指物師の弟子になり、大阪で表具師として一生を終えた。この祖父は私の三歳頃に鬼籍に入ったが、幼児にとって怕い、恐ろしい存在だった。

起きて洗顔すると、その水を拭わずに大きな円形の鏡に映った自分の顔に向って大声で叫ぶのだ。

「オイ!アクマ!」

これを三回いって顔を拭い、仕事部屋に入って掛軸や屏風といった物の製作に終日熱中するのだ。昼食も祖母が差し入れしたものを作業場で食べ、夜は大酒呑んで陽気に踊ったりした。

私にとって、夜の酔っ払いは面白かったが、オイ!アクマ!は恐怖だった。

怯えて泣く私に向って、祖母は何回も説明してくれた。
「オイアクマちゅうのは、あの怕い悪魔やないで。オというのは〝オコルナ〟で、イというのは〝イバルナ〟や。アは〝アセルナ〟で、クは〝クサルナ〟、マは〝マケルナ〟やで。おじいちゃんは毎朝自分にそう命令しはってからお仕事をしてはるんや」

怒るな、威張るな、焦るな、腐るな、負けるな、だという。この説明で納得した私は、その後、どんな仕事に就くときも、この五文字を呟いている気がする。今も呟いている。

--------------------------------------------------ここまで引用 

「オイ!アクマ!」 には五つの意義があるのですね。
思わず、なるほど!と納得して勉強になりました。
素晴らしい家訓です!
毎朝鏡に向かって大きな声で五文字を叫ぶ作者の祖父にも日本精神を感じます。
よし、私も作者と同じように、この五文字を仕事の上に反映させよう!




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皇室敬愛のパイワン族が叙勲
2010-06-09 Wed 17:09

まずこのニュースを紹介します。

----------2010/5/26 産経ニュースより引用----------

台湾先住民男性に勲章授与 「涙が出るほどうれしい」

日本統治下の台湾で警官を務め、戦後は先住民パイワン族の伝統工芸紹介などを通じて日台の相互理解に貢献したとして、今年春の叙勲を受けた台湾南部・屏東県の博物館館長、陳俄安さん(87)に旭日単光章を手渡す伝達式が25日、高雄の日本人学校で行われた。

パイワン族の陳さんは、自ら作成した伝統的な木彫りや石版彫刻のほか、収集した伝統民具を展示する博物館を開き、日台歴史研究などで訪れる学者らに協力してきた。また日本人学校の児童らに石版彫刻を教えたり、先住民の伝説を語る等して交流してきた。

「精神一到何事か成らざらん」「正直は一生の宝」。警察学校で日本人の上司に教えられた精神を今も忘れていないと日本語で語る陳さん。勲章を受け取ると、「涙が出るほどうれしい」と感謝した。(共同)

台湾南部・高雄の日本人学校で、旭日単光章を授与された陳俄安さん(共同)
台湾南部・高雄の日本人学校で、旭日単光章を授与された陳俄安さん(共同)

-------------------- ここまで引用 --------------------

去年四月にNHKが放送した「JAPANデビュー 第一回 アジアの“一等国”」は、台湾人はずっと「親日」だという印象を覆す不実の内容で、すぐに台日間の有志たちの怒りと抗議を引き起こしました。その後、日本文化チャンネル桜がすぐに台湾へ飛んできて、当事者に取材して真実を求めました。パイワン族が日英博覧会で「人間動物園」として出展させられたとの一事に関しては、屏東県で二人のパイワン族の重要人物に取材しました。一人は前牡丹郷郷長の華阿財さんで、もう一人は陳俄安さんです。

蔡焜燦先生はチャンネル桜社長の水島総さん一行のため夕食会を開いた後、私に彼らを屏東に案内する任務を与えました。私はこうした縁で、チャンネル桜の一行と行動を共にすることになりました。

三地門郷の陳俄安さんの家は伝統的なパイワン族の石版造りで、自分で建てたそうです。私は初めて参観したので、興奮しました。

取材の開始前、陳さんは誇らしげに家や、石版彫刻作品、狩猟の戦利品を見せてくれました。このとき居間の壁にカレンダーが幾層も重なっているのに気が付きました。近付くと何とそれは「皇室御写真集」でした!日本の友人が毎年送ってくれるそうです。

日本の皇室への敬愛心なのでしょう。月が変ってもカレンダーを破らないのです。年が変っても捨てません。このようにしてカレンダーは年を重ねるごとに重なっていくのです。

「皇室御写真集」カレンダー 「皇室御写真集」カレンダー

カレンダーを指しながらこう話す陳さんと表紙が付いたまま保存されているカレンダーを見た私は彼の「台湾魂と日本精神」を感じたのでした。

彼が叙勲してとても光栄に思っている姿が想像できます。
心からお祝いを申し上げたいと思います。









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台湾の日本刀の広告文に感動!
2010-06-01 Tue 19:57

今日たまたまショッピング雑誌を見ていたら、「収蔵武士刀」の広告を見つけました。
台湾で武士刀とは日本刀のことです。

IMG_7424.jpg 台湾で「徳川家康堅忍武士刀」セットが販売中です

紹介文を読んで、これだ!と思い、感動しました。
このブログに載せるためのような広告でした。

こんなことが書かれています。

『 忠貞、服從、死を恐れないが武士道精神であり、所謂大和魂です。なぜ日本製品は作りが好く、全世界で愛用されるのでしょうか。これも日本人が武士道精神に従っているからです。職場では会社に忠、リーダーに服從、まじめに与えられた仕事を一つ一つやり遂げるのことは、台湾の老世代の特質でもあります。そしてすべての新世代の台湾人が学ぶべき態度でもあります。これに加えて台湾本土の土狗精神で頑張って仕事をすれば、新世代の台湾人は世界第一等の優秀な民族性を持つことになります。世の中にどんな困難があっても、私達の決心は揺らぐことはありません。これを家に1セット備えれば、堅固な精神保塁となり、身を立て事を行うための準則になり、すべてのことが破竹の勢いで、何でも自信を以ってやり遂げることができるようになるでしょう 』

以上、広告ではありますが、
台湾人の日本精神や日本製品に対する賛美を表しています。

「大和魂+台湾精神=世界第一等の優秀民族性」はちょっと誇りすぎだと思いますが、でもこのように進化した精神で、「世の中にどんな困難があっても、私達の決心は揺らぐことはありません」はよく言いました。素晴らしいので気に入りました!




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日本人とともに独立しておけば!-国を憂える老人の責任感に感動
2010-05-24 Mon 13:17

去年5月17日、馬政權の売台行為と人權状況の悪化に抗議するため、台北の総統府前の広場で民進党が発動した24時間の座り込み活動に参加しました。一晩眠らず、日が昇ってから一度仕事へ戻り、18日夜にまた現場へ行きました。

馬英九が総統に就任してから何度も抗議デモ行進が行われていますが、参加者はどんどん多くなっています。でも民進党は群衆を集めていておきながら、馬政権から何の返事も出ない内にデモを解散してしまうのです。それは過激な抗議を行って、中間層に反感を持たれるのを恐れているからです。すべて選挙の為です。だから私は民進党の懦弱と無能に心を痛めています。

でも「まさか今晩も10時に解散なんて言わないでしょうね?」と思っていました。心の中では民進党は、馬英九が返事を出すまでは撤退しないと期待しながら、私は友人と、舞台の政治家たちの叫び声を聞いていました。

8時過ぎに日本の友人が電話で状況を聞いて来ました。電話が終わると、近くにいた歐吉桑(これはオジサンと発音します)が突然日本語を使って、「日本語、お上手ですね。若いのに、どこで勉強したんですか」と話しかけてきました。それまでその人は、ずっと黙って舞台を見つめていたので、私はびっくりしました。それから、私達の会話が始まりました。

国を憂える歐吉桑

オジサンは80歳以上の方で、日本時代は飛行機の整備の仕事をしていて、日本の敗戦後は国民党が台湾へやって来て、滅茶苦茶なことばかりやるのを目撃したそうです。幸運にも228事件と白色テロは免れましたが、国民党をものすごく憎んでいて、今日まで台湾の未来を案じ続けて来たそうです。

この夜も、参加する民衆が多くないので、やっとみんな激昂してきたのに、解散させられるのではないかと心配になり、前の日から来ていたそうです。この夜も晩御飯を食べ終えて、オートバイでやってきたのでした。

オジサンは話している内に、突然自分の頬を力一杯叩いて、「私たちの世代の者が努力不足でした。日本は最初、軍隊と武器を台湾に置いていましたから、もしあの時に日本人と一緒に独立をすれば、きっと成功したでしょう。残念ですが判断を誤り、機会を無駄に逃しました。それであなた達のような若い世代に、現在のような苦しみを与え続けているのです。本当に情けない、申し訳ない」と話しました。

私は感動して言葉が出なくなりました。
この一幕はずっと私の心に刻まれています・・

9時半に、案の定、舞台の上の民進党の人が「10時に活動を終了する」と言いました。心の中で大きな失望と怒りを感じました。オジサンの表情もそうでした。ただ疲れただけでした。

10時半になると、民進党の人達は舞台からみんな消えてしまいました。帰りたくない群衆はまだ座り続けました。

80歳以上の老人はオートバイで帰るのに、こんなに遅い時間ではよくありません。私は早くお帰りになるよう勧めました。彼は私に「今晩は思いがけず若い人と日本時代のことを語り合うことができました。あなたの日本語を聞いて、私は興奮して、過去に心の中で押さえ付けて来た話を、みな喋ったのです」と言いました。

私はオジサンが去った後に、また現場に戻って座り込みに再び参加し、警戒する警察と対峙しました。やはり国民党に笑われるような活動となってしまいました。民進党に対する失望と怒りは限界に達しました。朝の四時に群衆は警察に駆逐されました。

オジサンは無事に帰宅されたでしょうか?
私もあなたに申し上げたいです。
「あなた方の世代に今でも国家の事を心配させてしまい、後輩として本当に情けない、
申し訳ないと思います」と・・






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